ジッタはなぜ,そしてどのように音を悪くするのか

ディジタル化された音楽情報であるファイル音源を再生するとき,そのデータの読み出しからはじまり,様々な経路を経てDACに至るまで,音楽情報を表すデータ自体は,ECCなどコード化技術によって100%正確に移されるか,あるいはエラーの自動修正が効かずにまったく破綻するか,どちらかである.この伝送経路とは,メモリからの読み出しと書き込み,各種機器内のディジタル演算処理,それに機器を結ぶケーブルや無線,さらにそれらのインタフェース処理を行うDIR(digital audio interface receiver)を含む.そう考えれば,ファイル化された音楽情報は,コード形態はいろいろ変わるにしてもデータとしては(破綻しない限りは)100%正確にDACまで送られることになる.このように劣化要因が明確に切り出されることが,複雑な相互作用がもたらす歪みを伴うアナログオーディオとの大きな違いである.

しかし,音楽情報はコンピュータ演算のような通常のディジタル処理機械でのデータと異なり,時間を伴う情報である.ということは,音楽情報を完全に正確に再現するためには,録音時のAD変換におけるクロックと,再生時の最終段のDA変換でのクロックとが全く同型でなければならない.つまり,録音時のクロックの揺らぎを記録しておいて,再生時にそれを再現するのである.しかし,かつてそんなことは誰も考えたことはないだろう.そして,現在,録音時のクロック情報について,再生側にはfsなどデータのフォーマット情報しか与えられない,

そこで,録音時のクロックには全く揺らぎがないと仮定し,再生側では揺らぎのないクロックを作り出そうと努力する.しかし,現実には揺らぎ,つまりクロックジッタが生じ,音質に影響を及ぼす.このクロックジッタについて論じた書物や雑誌,それにネットの記事はかずおおく見受けられるが,そのなかでは赤堀肇氏によるEDNの記事がもっとも優れていると思えたので,参考にさせていただいた.

ファイルオーディオの場合,メモリにあるバイナリデータが出発点になるから,それを読み出し,伝送し,受け,信号処理する経路ではビットのならびだけで時間情報は意味を持たない.データ情報にクロック情報を混ぜ込んで伝送しても,そのクロック情報は劣化するだけである.したがって,ごく当然のことであるが,最善の方法はDACの直前で自前のクロック情報を作りだし,それに乗る形でDA変換するべきである.つまり届いたビットの並びをバッファメモリに入れ,それを自前のクロックで読み出すのである.こうすれば,そこにいたるまでの経路途中で生じる様々な時間揺らぎはすべて無関係になり,ジッタは自前のクロックのものだけに限定され,それだけが原情報を劣化させる要因となる.もちろん,バッファのアンダーフロー問題がある.現に私が現在使用しているD-Premier Airではしょっちゅうそれが起き,そうなると音が途絶するか繰り返されるか,ひどい場合にはプログラムがダウンする.これはいかにもディジタル的で,結果はいつも全か無かである.

なお,ジッタの解説記事の多くが,ジッタがあるとバイナリデータの読み出しを誤るように書いているが,前掲の記事ではそれは誤りであるとしている.現在のコンピュータを始め,DSPなどのディジタル処理のクロックに比べればオーディオのクロックの周波数は遙かに低く,そのジッタが読み取りを誤るほどになるとはとても考えられない.そうではなく,DACのクロック揺らぎは出力アナログ情報を変調する,というのが前掲記事での考え方である.私もこの見方にこそ全く納得がいく.また,この記事には書かれていない(他の記事ではなおさら)ことだが,左右のデータがシリアルに,つまり交互にDACに送り込まれるようで,ということはクロックの揺らぎは左右データに対等に働くのではない,ということになる.そのため,ジッタは左右の音に異なって影響するから,それは微妙とは言え,左右音の違いを起こすのではないだろうか.マルチビットのPCMに対し,1ビットのDSDのほうが(より高周波だから本来ジッタが多いはずなのに)音がアナログ的,つまりなめらかだと感じる人が多いのは,そのせいかもしれない.

個人的に,今から考えるとクロック揺らぎの影響ではなかったかと思われるいくつかの経験がある.エソテリックDV-50を使っていたときだ.テストCDである"XLO Reference Recordings Test & Burn-In CD"のトラック4「ハンドクラップのトラック」を聞くと拍手の音ではなくインパルス状の破裂音が出てトゥイータが壊れるのではないかと心配になった.販売店に問い合わせると,「このCDのこの音は機械的な作りものだから不自然になるのは仕方がない.ついてはそんなテストCDは使わないで欲しい」と言われた.しかし,しばらくしてエソテリックの技術者から,「ビデオオフにして聞いてみるとどうか」といわれ,試すと,自然な拍手の音になった.これなどは,ビデオ回路の経路がオーディオクロックに影響し,ジッタを生じ,それが拍手音を極端に変えてしまったのではないだろうか.よくは分からないが.

Devialet AIRによるストリーミングでは,DAC,というかディジタルアンプ寸前のところで自前のオーディオクロックによってパケットを組み立て直すのだから,ジッタが入る余地は最小限に抑えられる.DV-50を使ったこれまでのシステムと今のCDプレーヤを全く使わないシステムとの音の差がもっともはっきりするのは,音の透明感と音場感である.前掲記事に書かれたDIRの違いによる音の違いに近い.

これまでなぜか誰にも指摘されたことがないようだが,以上の経験から推測すると,クロックジッタによる音情報の劣化(変調)は左右の音の差,つまりステレオ効果にもっとも強く影響するのではないかと思われる.私の個人的特性なのかも知れないが,左右の音の差を聞き分ける感度は周波数特性の差を聞き分けるよりもはるかに高いのではないだろうか.一般に,人間の聴覚情報処理においては,複雑な耳殻の構造をはじめ,ふんだんな非線形処理が含まれているようだ.そうでなければ,たった2台のスピーカで,音の空間的位置の高さ,深さまで感じ取ることは出来ないはずだ.もちろん録音にもよるが,ジッタのない今のシステムではこの音場の3次元感覚が非常に明瞭に感じ取れるようになったことは確かである.その音は,聞き疲れがせず,すがすがしく,生々しい.私が理想とする生まれたばかりの嬰児のような音,つまり無垢の音にきわめて近い.

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