引き算の美学とオーディオの進化

ピュアオーディオを追求する拙システム Mm 構築の指針のひとつに,「引き算の美学」がある.英語で言えば "Less is more." .D-Premier Airの技術解説にも謳われている.システムを構成する部分は,その存在自体が他に影響を与え,しばしば全体を損なう.欠点を抑えようとして何かを付け加えれば,さらにそれが新たな悪さを起こす.取り去れるものならば取ってみる.すると,しばしば結果がよい.Mm の改良過程で経験してきたことである.

削れるものは削る.多くの優れた芸術家は分野に限らずこの志向を持つようだ.自分が訴えたいものの本質を見極め,その表現をより明確にするために,この作業を遂行する.ただ削ればよい,というものではなく,対象の本質を見抜く鋭い感性と創意ある挑戦が必要である.その過程で,単なる引き算ではなく全面的な再構築が行われることがある.こうして,芸術や科学など,様々な分野で新しい道が切り拓かれてきた.科学史で言うパラダイム転換である.

新パラダイムは既成のものを全否定するものではない.進化過程で言えば,新しい枝分かれが生じたのであり,より優位に立つものの,けっして先達をすべて駆逐するものではない.

オーディオもその進化過程を辿っているのかもしれない.CDはディジタル化によってそれまでのアナログの持つさまざまな複雑さを取り除いた.しかし,CDとその延長である各種光ディスクを用いるシステムは,信号の時間軸上のゆれ(ジッタ)というアナログ的複雑さを残し,その点でレコードや磁気テープと同じ問題を抱えている.回転系を排除するべく,リッピングなどによりファイル化された音楽情報を再生するシステム,いわゆるファイルオーディオが考えられ,普及しつつある.しかし,単純にパソコンによってファイルから読み出した信号を旧来のアンプを経由してスピーカに送り出すだけでは,パソコンでの処理の複雑さをあらたに巻き込むことになり,「引き算」つまり,削り取りにはならない.そこで,パソコンの出力をDACに与える前に独自のマスタークロックで信号を調歩する方法が現れた.非同期方式のUSB DACなどである.しかし,これもまた純粋の「削除」(引き算)ではなく,欠点隠しの「追加」(足し算)であり,接続するためのケーブル,インタフェース,それに器具の筐体など,やはりあらたな複雑性を巻き込んでしまった.全体構成を見直さなければならないのだ.

D-Premier AirではDACのマスタークロックでバッファメモリからデータを読み出し,アナログに変換する.この意味で,それ以前に含まれたジッタなどの汚れを完全に「消毒」している(はずである).しかもWiFi経由であるからケーブルとそのインタフェース経由で忍び込む電磁的物理的振動の汚れからも隔離される(はずである).

にも拘わらず,Mm での経験では,パソコンの機種やOS,さらにはファイルの記憶媒体など,D-Premier Airへの送り手如何によって音が変わる.考えられるのは,この段階での時間的揺れやノイズが,間接的に(たとえば電源などを介して)D-Premier Airのマスタクロック回路,あるいはアナログ変換過程になんらかの影響を与えることだ.受け手側が完全に送り手側の汚れを遮断することは難しい.特に,ジッタのようにps(ピコ秒)単位が問題になるケースはなおさらである.送り手側のわずかなパルス的電圧変動や物理的振動が受け手側に思いもよらぬ影響を与えかねないのだ.

DACを境にして,それ以前のパソコン関係のシステム,および,それ以降のアナログシステムのより簡素化が望まれる.

たとえばOS.現在のOSは異様に複雑すぎる.Multicsを簡素化してUnixが出来たのに,それもいまやきわめて複雑.WindowsやMacはユーザインタフェースを豊かにするのはよいが,その処理がオーディオのようなリアルタイム処理を損ないかねない.OSの根本的な簡素化を狙ったHaikuなどに期待したい.

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