ステレオの発明と進化

"The Complete Guide to High-End Audio"(Robert Harley著 第4版 p.324)の"A Short History of Multiple Channel"によると,Blumleinによるステレオ発明の特許にはその基本目的が次のように述べられているという.
「音の真の指向感覚をリスナーにもたらすことによって,目の前にいるアーティストなどの音源から音がやってくるような幻覚をより強めるはたらきをする録音/再生システムを提供することである(拙訳)」.
BlumleinのいうBinaural Sound Systemのこの特許はなんと1931年である.このとき,すでにステレオの本質が明確に示され,これが出発点であると同時に最終目標にもなっている.しかし,実用化されたのは特許がすでに切れた1958年で,LP技術の発達を待たなければならなかった.WebやGoogle検索などの基本技術があっという間に世界中に広まり,天文学的な規模の市場と富をもたらす現代とは大違いである.

「ステレオstereo」というのはギリシア語でsolidという意味だそうである.昔はステレオのことを「立体音」といっていた.子供の頃,NHKの第1,第2放送を二つ使って実験放送として流されたことがある.二つのラジオで聴いて,かすかながら「立体的に」聞こえる「幻覚」を感じ,新技術に感激した記憶がある.それから半世紀以上も経過し,この幻覚は「より強め」られた.いま聴いているSuper Duo / Duo de Bassoでは,たしかに眼前にチェロとコントラバスのふたりの奏者がいて,そこから超絶技巧の演奏が響いている.ミラーニューロンが確実に働いている.

いまになってやっと気がついたが,「ステレオ」原理はホログラフィそのものだ.指向性の強い2本のマイクロフォンによって音圧だけでなく音波の位相差の情報が得られるから,それらの情報が(干渉縞は作らないが)音のホログラムとして記録され,ステレオ再生機器はそれを音場として再生,表現する.こうして,両スピーカから発せられる音波の相互干渉によって音場が形成される.したがって,再生スピーカの3次元周囲はできるだけ何もない方がよい.反射体にしろ,吸収体にしろ,なにかがあれば,それは必ず音波のコヒーレンシー性を損なうから,自然な音場形成を阻害する.試してみると,半径1m以内になにかがあれば確実に音場を損なう.前壁と床がつくる空間は音波が複雑に反響を繰り返すので,この空間もできるだけ何も置かないことが重要なようだ.以前,なにげなしにオニキスの壺を並べたことがあったが,それを取り払ったところ,音場はずっと自然なものになり,たとえば,左右のアンバランス感にあまり悩まされなくなった.

じつは,この状態に至るまでにいくつかの失敗を重ねた.第1に,上記書物を読んでいて使用していないスパイク(Tiptoes)を持っていることを思いだし,アンプを載せたラックの足に取り付けたこと.途端に低音が痩せて,Super Duoがまるで針金細工のようになった.本来あるはずの芳醇で分厚い低音がすっかり消えてしまったのだ.これはスパイクのせいではなく,スパイクを履かせることでラックが高くなり,ラックと床(フローティングの床)の間で低音が吸収されてしまったようだ.そこで,スパイクをはずし,さらに,壁から離して前に引き出した.すると,低音が以前よりさらにゆったりと,しかし生き生きと流れるようになった.それに伴い,中高域が固まることがなく,のびやかに響きだした.

第2の失敗は,アンプの電源ケーブルとアンプの間にFurutech Flow 15を入れたことである.もともとあまり期待はしていなかったが,PLMM電源ケーブルをD-Premierに接続すると,その上にはめるカバーがわずかながら持ち上がってしまい,これをなんとかしたいという思いで購入したのだった.しかし,やはりカバーが持ち上がってしまう(D-Premierのデザイナはどんな電源ケーブルを想定しているのだろう).それはともかく,装着後,音がひどく悪化したのだ.よく言えば力強く,明瞭になったが,コントラストが強すぎる白黒写真のような感じになった.最初の瞬間は,目も覚めるようなよい音になったのか,と思ったが,数分も聴いていると,あまりの明瞭さと力強さに疲れてしまう.数曲聴いてみたが,どことも知れず,共振が起きている感じだ.D-Premierのスイッチング電源と合わないのかも知れない.次第に聴くのが耐え難くなり,せっかく購入したこのアクセサリもお蔵入りにした.

「足し算」はしばしばものを醜くする.やはり美学は「引き算」にある.必要不可欠なもの以外はすべて取っ払うべし.録音ホログラムに埋め込まれた原音を可能な限り純粋に取り出し再現するための鉄則のようだ.この観点から見るならば,存在自体が電磁場空間および音波空間に対してなんらかの障害を与えてしまうプレーヤを一切持たない拙システムは,これからのピュアオーディオのあるべき方向を示す具体物なのかも知れない.

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