ステレオ再生が作るホログラフィック音場

従来のオーディオ論議では,再生装置の厳密な左右対称性を問題にする議論が少なかったように思う.しかし,左右の微少な違いが音質,特に音場の形成に強く影響することはこれまで述べたとおりである.その理由は,左右音の相互干渉がホログラフィックな音響空間を形成し,それが原音の音場を再現するからだ,と考えてきた.しかし,生演奏のように発音体が分布する実世界の音場をステレオ録音した左右2チャネルの情報は,もとの音場をホログラフィックに再現し得る情報を持つのだろうか.通常の商品化されたステレオ録音の場合,画像ホログラフィでの,照明光と参照光の相互干渉云々という議論からの類推ではすまない問題を持っている("holographic soundimage"と呼ばれる分野では,複数の波の相互作用によるホログラフィックな音場再現を目指す録音手法が研究されているようだが,実用的にはあまり普及していないので,ここでは議論の対象外とする).

録音技術についてはあまり詳しくないが,いろいろなマイクロフォンがあり,いろいろなマイクの使い方がある,という程度は知っている.録音された情報は当然,録音手法に依存する.この事情は,たとえば,前掲の"Test & Burn-In CD"の6トラックにあるProf. Keith Johnsonのデモでよく分かる.また,電子楽器を駆使して作られたCDでは,マイクさえ使われず,音場は電子演算で演出され,作られるから,原音の音場自体すでに仮想的である.クラシックの演奏でさえ,録音技術者が,位相に関わる時間差調整を含め,様々な調整を施しているはずだ.いずれにせよ,録音され商品化された音場は,録音技術者の演出による創作であって,発音体が分布する実世界の音場からはかけ離れたものだ.従って,実世界の音場のステレオ録音がもとの音場情報を保持し得るかどうかという問題は,事実上,考えても詮無きことだ.

このように考えると,通常の商品化された録音を入力とする限り,ステレオ再生環境が生みだすべき目標と見定めることが出来る音場とは,結局のところ,モニター室で録音技術者がいろいろと調整したあげくに,最終的にOKを出したときの音場だ,ということになる.モニター室では,スピーカの発音に至る電子機器類やケーブルは厳選され,当然,左右対称性は厳密に吟味されているだろう(と想定する).またモニタスピーカは内ぶりに振られ,正三角形をなしているとのこと.部屋の反響特性も左右対称性を保持するべく調整されているはずだ.

モニター室の音場も,当然ながら左右スピーカ音によって作られた仮想音響空間であり,楽器などの複数の発音体が作り出す実世界の音響空間ではない.この仮想音響空間の相似形がリスニングルームに再現されることが,音場の観点から見る限り,理想的な再生環境だ,ということになる.そのためには,モニター室と類似する厳密な左右対称性が再生システムの必須の要件となる.この物理的要件の充足を土台として,再生システムは,演奏家,あるいは作曲者の熱い思いや情念さえもリスナーに届けることが出来る情報担体となる.その思いとは,あくまでも録音技術者の調整作業による解釈を経たものではあるが...

コメント

人気の投稿