ディスクオーディオ 対 ファイルオーディオ

旧来のCD(DVD, SACD)ディスク上に記録された音源をインライン(オンライン,リアルタイム)で再生するオーディオシステムをディスクオーディオ(disc audio)と呼ぶことにする.それに対し,ファイルオーディオ(file audio)とは,音のディジタル情報をファイル化したものを音源とするオーディオシステムを指すことにする.ファイルオーディオのファイルは,プレイに先立って,ディスクをリッピングするか,ネットから(つまり,クラウドあるいはNASから)ダウンロードしてコンピュータ(ないし専用のファイルプレーヤ)の記憶装置に格納したディジタル情報である.ファイルオーディオはそれをインラインで DAC + アンプ + スピーカに渡しプレイする.Linn Klimax DSのようにDACを内蔵した専用ファイルプレーヤもある.

このブログを始めた頃,私は,旧来通りディスクオーディオでピュアオーディオを追求するつもりでいた.DVDプレーヤから始まるシステムを使って,スピーカセッティングやオーディオラックの配置など,試行錯誤を繰り返し,より純粋な音を得るための指導原理を求めてきた.しかし,Devialet社のD-Premierを手に入れ,さらに,WiFiが使えるD-Premier AIRにバージョンアップしたところ,その音の純粋さに驚かされた.このブログで経験談をずっと述べてきたように,スピーカセッティングの工夫などによる効果ももちろん大きいが,DVDプレーヤを取り払うことにより,ラックの簡素化やケーブル結線の簡素化がすすみ,機器間の相互作用がもたらす音劣化の排除による効果も極めて大きいと考えている.

例の神田明神下のオーディオショップ店長が,この観点からみて大変興味深いレポートを出している.ここでいう専用ファイルプレーヤというべきか,最近発売されたAurender W20についての試聴レポートである.筐体を強靱にし,クリティカルな回路の電源にはバッテリを使用し,HDDはプレイ中には動かさず,SSDにキャッシュしたデータを使用するなど,いかにもオーディオマニアの気を啜る工夫が施されているが,実質はUNIXと専用アプリを載せたコンピュータである.リポートではこれをdCS Vivaldi Transportと比較している.それらにつなげるDAC以降スピーカまでは贅の限りを尽くしたものである.まさに現時点で考えられる最高のファイルオーディオとディスクオーディオであろう.そして,両者対決の結果は? 明らかにdCSの勝ち,だそうだ.ディスクオーディオがファイルオーディオを圧倒した? 果たしてそう結論できるのかどうか,ファイルオーディオ派の私としては疑念が残る.

DACにはいる情報として考えられるものは,
(1)ビットチェーンのミュージックデータ,
(2)その時間的揺らぎ(いわゆるジッタ),
(3)電磁ノイズや機械振動などDAC以降のプロセスに影響する非信号ノイズ,
に分けられる.これらは,高精度の計測器があれば物理的に測定可能であり,客観的に評価するにはそうするべきだろう.しかし,このレポートでの比較テストではそうするまでもなく,(1)の部分が全く異なっている.dCS Vivaldi Transportの出力は24/352.8KS/sにアップサンプリングされているのに対し,Aurender W20は16/44.1KS/sをFLACとして圧縮したデータを解凍して出しているからである.公平な比較をするためには,両者とも当然同じサンプリングレートにするべきだ.dCSはアップサンプラーを独立した機器として出しているから,それをAurenderに接続してアップサンプリングするとどうなるか.また,FLACを解凍するためにCPUとメモリに負荷を掛けるが,それが音の劣化につながるかもしれず,これもWAVかAIFFなど非圧縮のファイルにするべきだ.

実際,リポートを読み進めると,24/192KS/sのハイレゾファイルをAurenderとそれに続く構成機器で試聴していて,結果は合格水準に達しているという.つまり,CDサンプリングレート対ハイレゾの勝負でハイレゾが勝つ,という当然と言えば当然の結果である.

さらに読み進めると,Devialet 500 + HB-X1を使用したテストについて述べている.さきのテストで使用したAurender W20上にある石川さゆりの16/44.1KS/s ファイルを聴くと,なんと,合格の音がするという.上のAurenderのテストと付き合わせると,この簡素な構成は,(すくなくともAurender W20にとっては)dCS Vivaldi DAC + Soulution 720 + Soulution 700 + The SonusFabelという天文学的な値札のつく構成よりもっとよい,ということになる まさにLess is Moreであり,私の胸は高まり,読み進む.しかしここで肩すかしを食ってしまう.いわく,
DevialetによるAirストリーミング再生は基本的にはiTuneからのデータを再生するわけですが,iTuneのファイルは圧縮されているので、同レベルの音質にはならないのでご注意下さい。ケーブルでつなぐ方が良いのです!!(ママ)
というのだ.つまり,期待したWiFiストリーミングでのテストは門前払いである.「iTune(たぶんiTunesの間違い)のファイル」とは何を指すのかわからないが,iTunesが圧縮ファイルしか扱わないというのであれば,明らかな誤解である.まず,リッピング時にAIFF(あるいはWAV)を選択することが出来る.また,ダウンロードしたハイレゾファイルもプレイすることが出来る.さらにアプリAudirvana Plusを使えば,アップサンプリングさえ可能だ(ただし,UNIXマシンであるAurender W20でiTunesとDevialet AIRを動かせるのかどうかわからない.もし動けば,Aurender W20をLANケーブルでWiFiルータにつなげることによってDevialet 500 をWiFi接続で使用できる).

音質の観点から見た場合,ディスクオーディオに対比してファイルオーディオの利点としてこれまで考えられてきたのは,

  1. リッピングでは,ECCにより誤りが訂正しきれなければ何度でも再読み取りが行われるが,ディスクオーディオではリアルタイム性を守るため再読み取りが制限される.そのため,情報のビットチェーンとしての正確度は,原理的にファイルオーディオの方がはるかに高い.
  2. ディスクオーディオでの機械的回転に必然的に伴うワウフラなどのインラインでの時間的揺らぎがない.
  3. ディスクオーディオでの機械的回転とその制御がもたらす電磁ノイズと機械振動ノイズがない.

(1)については,リッピングもディスクオーディオでもECCによる自動誤り訂正が用いられるが,ディスクオーディオでは,それで訂正しきれない大きなエラーに対してはビットにエラーフラグが付けられ,続く内挿処理で適当に平準化される,つまり情報がなまり劣化する.このあたりがディスクトランスポートやCD盤の良さ悪さが音に影響する最大の理由だろう.すぐれたCD盤をすぐれたトランスポートにかければ,ECCでフラグ付けされる誤りビットも0に近づけられるが,その逆数に比例して値札の値が上がる.一方リッピングではこのエラーがなくなるまで何度でも再読み取りされるので,出力されるデータの誤り率は文字通り0だと考えることが出来る(といっても永久に繰り返すわけにはいかないから,時間制限があり,これを超えればリッピングは中止される.これまでiTunesを使って約1000枚のCDのリッピングをしたが,失敗したのはわずか数枚の古くて大分痛んだCDのみだった).この意味で,よほどいい加減なドライバソフトでない限り,リッピングによってビットチェーンとしてのデータが損なわれることはなく,つまりは,そのデータに基づくプレイでの音が変わるとはきわめて考えにくい(リッピングで音が変わるという評者がいるが,その人の耳あるいは記述を私は信用しない).

(2)については,ファイルオーディオでもHDDからデータを読み出すのであれば,その機械的回転の影響を考えなければならないが,HDD上のデータはメインメモリに読み出され,そこからさらに出力装置へ読み出されるから,HDDの回転揺らぎの影響はバッファで吸収され,実質的に影響しない.むしろ,(このブログでしばしば指摘してきたように)ページのスワッピングなど,メモリ管理がもたらす時間的揺らぎの方がはるかに大きく影響すると考える.HDDでなくSSDにしてもこのメモリ管理の事情は同じである.いずれにせよ,どちらの方式でもデータの読み出しにおけるなんらかの時間的揺らぎは避けられない.時間的揺らぎが問題になるのは,それがDACでのアナログ変換に影響し,音情報を変形するからである.したがって,何らかの方法でこの揺らぎをDACの直前で遮断することが必要である.

(3)については,ファイルオーディオでもグラウンドノイズなどの電磁ノイズやHDDの機械振動など何らかのノイズを発生するから,これをもって単純にファイルオーディオが有利であるとすることは出来ない.しかし,このノイズがDAC以降のアナログ処理に影響を及ぼすことが問題なのだから,その根本的対策は,やはりDACの直前でそれを遮断することである.

このように考えれば,もとの音楽情報を誤り0でビットチェーン化したファイルを正確に読み出すファイルプレーヤと,読み出しに必然的に伴う電磁的,機械的ノイズと時間揺らぎをDAC以降の過程の直前で遮断する方式が,少なくとも原理的にはより優れている,ということになる.ファイルプレーヤとDACの間のケーブルが電磁ノイズと機械ノイズを伝えるのだから,これを無線に置き換えることによって,その遮断は(エネルギー的に見てごく微弱な電磁波を無視すれば)完璧なはずである.一方,時間揺らぎに対しては受信したWiFiのビット列信号を(DACの寸前で)バッファメモリで吸収することにより遮断することが可能となる.

ファイルプレーヤとDACの間を無線化することにより,ケーブルの持つ電磁特性によってもたらされる電磁歪みと時間揺らぎからはほぼ完全に解放され,さらに,ラックの背後に集中されやすい電源ケーブル,スピーカケーブル,その他のケーブルとの有害な相互作用(磁場結合など)も解消されるという利点も当然大きいと考えられる.

もちろん,完全かつ無謬な方式などあるはずがなく,WiFiを導入すればそれに伴う課題が生じることは,これまでこのブログで書いた経験にみる通りである.にもかかわらずこの方式は,未来への可能性がもっとも開かれたオブションであることに間違いないだろうと,いまのところ考えている.

なお,Aurender W20についての私見...古いパソコンでは機械騒音や振動に対してあまりに無頓着であった.また,ソフトウェアもリアルタイム処理への十分な配慮がされていなかった.そこで,オーディオに特化した専用ファイルプレーヤが求められてきた.しかし,私がいま使っている汎用ノートパソコンMacBook PRO Retinaでは機械振動や騒音はほとんど皆無で,またソフトウェア環境もCoreAudioの進化などで,オーディオ優先になっている.これとAurender W20を比較してみると,強靱な筐体は大げさすぎ,HDDはプレイ中には使わないのだから無駄,その代わりにSSDをめいっぱいに大きくするべき.また,メインメモリは4GBではあまりに少なすぎ,メモリ管理に問題を残す.それに,iTunesもDevialet AIRも動かなければ困る.結局,現在のよく出来たノートパソコンと比較すると,そのほうがずっと使いやすく,発展可能性がたかく,しかも値段ははるかに安い.新しく専用ファイルプレーヤを出すのであれば,旧来のオーディオマニア的発想にとらわれず,汎用パソコンでファイルプレイすることの問題点を現代の目であらためて見直し,その対策を施したものであってほしい.

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