オーディオのジッタ論議は意味がない?

遅まきながら,蘆原郁編著「超広帯域オーディオの計測」(コロナ社,2011年)を読んだ.8章で,ジッタについて詳しく論じられている.雑誌やネットでの多くのジッタ論のなかにあって,いわゆる「科学的」な立場を貫いている希有な論考で,勉強になった.その部分を思いっきりおおざっぱに要約すれば次のようになるだろう.

 (1)市販のディジタルオーディオ機器で測定されたジッタはたかだか1ns.
 (2)CDDAフォーマットで,ジッタが110ps以下ならば,それによる歪みは量子化雑音レベル以下となり,音の劣化に関係しない.
 (3)ジッタをシミュレートしたディジタル音源を使い,オーディオ評論家やオーディオ技術者によるヒアリングテストをしたところ,ジッタの検知限は,数100nsであった.

...ということは,現在のオーディオ機器では,音に影響するジッタがあるにしても,それはひとの検知限よりずっと下なのだから,ジッタが多いの少ないの,という現行のおおくのオーディオ評論は意味がない?

他書ではどうか.河合一著「デジタル・オーディオの基本と応用」(誠文堂新光社,2011年)によれば,市販のディジタルオーディオ機器のジッタは実測値ないし公称値で数10ないし 数100nsである.また,Ken C. Pohlmann著 "Principles of Digital Audio" (MacGraw-Hill,2005年)によれば,ひとのジッタの検知限はもっとも厳しい場合で30ないし300nsである.つまり,上記の(1)と(3)に符合している.

ディジタルオーディオでなぜジッタを問題にするかといえば,音源のバイナリデータが同一で,DA変換後のアナログ機器が同一であるにもかかわらず,聴こえる音が違うことがあるからである.その差が生じるとすれば,それはディジタル信号の時間的揺らぎしか考えられない.それを総称して「ジッタ」と呼び,その意味でジッタをいかに少なくするか,その工夫が問われることになる.実際,ここ数年のPCオーディオやネットオーディオは,CDプレーヤのオンライン使用を止める(バッファリングを含め)ことによるジッタの抑制が売りのはずである.しかし,それが実は意味のないことだとしたら?

ほかならぬ拙システム Mm もジッタ発生の最小化を考えたつもりだ.その進化過程の中で最近気がついたことだが,パソコンのフリーメモリが少なくなると音が劣化し,ついには(およそ1GBを切ると)音切れに至ることさえある.Free Memory Proというアプリでフリーメモリを取り戻すと,音の鮮度(音像の焦点の鮮明さと濁りのなさ)が戻るのだ.音切れはディジタル的な破綻ではっきりしているが,そこに至る途中の「何となくおかしい」というアナログ的な劣化はなぜ生じるのだろうか.なんらかのジッタが関係していると考えていたが,ジッタは知覚できないはず,といわれると,では,いったいなにが問題なのか.

以前から気になっていたことがある.音響学関連の図書では本書を含め,なぜかステレオ効果について踏み込んだ議論が希薄なのだ.ジッタをシミュレートした音源を使った,という(3)のヒアリングテストで,そのジッタは左右の信号に対して同一にしたのか,それとも別に与えたのか? もし同一ならば,それによる左右チャネルの位相差ひずみを生まないから,音場のゆがみやぼやけにつながらず,よほどおおきなジッタでない限り検知できないのではないだろうか.

上掲の3書に限らず,私が目にした限り,ジッタ論で左右の差について触れた論考がない.あたかもモノーラルのシステムを対象にしているかのようだ.

現代オーディオは音場という透明時空間の造形技術である.その基本は左右の空気振動の相互干渉がつくるホログラフィにある.ホログラフィックイメージが刻々と姿を変え,現在のイメージが過去の記憶に加わりあらたな文脈の進路を与える.その文脈は未来の予期イメージを生み,次の現在となる感知イメージとぶつかる.そこに音のリアリティと生命の輝きが生じる.これが現代のピュアオーディオ体験である.

しかし,左右音信号の時間揺らぎの差は,たとえそれが極めてわずかであっても,ホログラフィックイメージを歪め,音像をぼやかし濁らせる.このことに人の聴感はきわめて敏感なのではないだろうか.

ジッタに限らず,このような観点からのステレオ音響工学の再構築を切に望みたい.

コメント

  1. いえ、人間は左右チャンネルの音の到達時間差に極めて鈍感だと思います。ジッタが1nsということは、頭を左右幅1㎜に揺らしてみれば十分再現できるはずですね。何か変わりますか?

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    1. (このブログの後の記事にも述べていますが)たしかに耳への音の到達時間差でステレオ音の変化を説明することには無理があります.人の複雑な耳殻構造や脳の高水準聴覚情報処理を考えると,ステレオ音の感知機構はずっと高度で複雑なはずです.そこで,私の仮説モデルは,左右スピーカから発する音の相互作用が作り出す空気振動場(音場)をひとは両耳を通じて立体的に認識する,というものです.このモデルに立ち,ジッタのようななんらかの時間的変動が音信号に生じると,それが左右音信号の時間的同期を乱し,そこから作られる左右音の相互作用による音場が乱れ,ひとはそれを検知するのかもしれない,というのがここで述べたかったことです.

      すくなくとも,左右音信号の同期の乱れについて実機ではどの程度あるのか(ないのか),また,それに対するひとの検知限についてはどうなのか,「科学的」考察,ないし,実験がほしいものです.

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