新しいiTunes Storeの音

オーディオ装置に入力されるエネルギーと情報は豊かなほどよい.これらばかりは less is more ではない.

豊かさにおいてアナログ情報はディジタル情報に勝るが,その保存(記録),運搬(伝送),加工(増幅など)の過程で鮮度を保つ制御が難しく,さまざまな劣化要因が絡む.それに対し,ディジタル情報は,少なくともバイナリコードに関してはコード理論などの発達によって現情報を正確に保つことが比較的容易である.このことがCDの普及以来,圧倒的にディジタルオーディオが好まれる理由であろう.

この観点から,ファイルオーディオでの原情報のビットレートは高いほどよい.もちろん,そのバイナリーコードが原音を忠実にコード化し,しかも,DACやその後のアンプが高いビットレートに対応する品質を持つならば,の話である.たとえば,ビットレートが高いほどジッタ回避に対する要求は厳しくなる.情報の供給が安定しないと,DACとそれ以降の回路に思わぬ影響を与え,音を歪ませる.とくに,左右の音の相互作用によって成り立つステレオ再生の場合,左右位相差の狂いを生じ,ホログラフィック空間としての音場を濁らせる.このことは以前書いたとおりである.

アップルのiTunesは長い歴史を持ち,それなりに進化してきたのではないかと思う.ネットや雑誌などでのiTunesの評判は決してよくない.ユーザインタフェースの良さはともかく,その出力音質に対する評価は概ね低い.私は初期のうちには使う必要がなかったので,全く関心がなかった.しかし,Devialet AirはiTunesをコントローラとして前提しているので,コントローラとしてのみだが,それを使わざるを得ず,そんなことから,バージョン10以降からはずっと使っている.そして,最近の11へのバージョンアップで,その進化の一端を知った.リッピングしたファイルやダウンロードした音源については,(Devialet Airのバージョンアップ版を通じてだが)たしかに音がよくなったし,また,iPhoneやiPadのRemoteアプリによるプレイでも,以前のような劣化が感じられず,構造自体になんらかの改善がなされたように思われる.

問題は,iTunes Storeである.私が見た範囲ではその商品はいずれも256KbpsのAACである.はじめてiTunesでCDをリッピングしたとき,iTunesのデフォールト設定がAACなのでこのコーディングを行ってしまい,音の悪さにがっかりした覚えがある.そんなことがあって,StoreのAACの商品をあえて購入してみる気にはならなかった.

今回,Storeに,Mastered for iTunesというカテゴリがあることを知った.自賛の言辞にあふれたこのドキュメントからははたしてそれらがどのようによいのか,よくわからない.しかし,試してみないことにはわからないのがオーディオの世界である.その曲をいくつかダウンロードして,試し聞きした.いずれもAACだが,かつてのものほどひどくはない.しかし,やはり若干ながら音があれ,不満が残る.そこで,それらをAIFFに変換してみた.これが結構いいのだ.私の耳ではCDのAIFFリッピングとそれほど違いがないように思える.

気に入って,クラシック,ジャズ,ポップなど,ジャンルを変えていくつかのアルバムをダウンロードした.AIFFに変換すればいずれもそう悪くはない.ゲルギエフ指揮ロンドンフィルのマーラー第9交響曲など,これほどの複雑な曲さえひどい混濁を起こすことなく,生命力豊かに聞こえるとは,驚きである.

いちどAAC(非可逆圧縮)にしたものは元の情報に復元できないはずだが,新iTunesにおけるAIFFへのエンコードアルゴリズムが巧みなのだろう.ただのあてずっぽうだが,音楽的なコーディングアルゴリズムのなんらかの進展が取り入れられたのかもしれない.

故スティーブ・ジョブズはディジタルを嫌ってアナログオーディオしか聞かなかったそうだが,ひょっとして,ディジタルではAACかそれ以前のMP3のひどい音しか知らなかったのではないか.とすれば,現在の,Mastered for iTunesのAIFF版を(すぐれたディジタル再生装置で)聞いたなら,なんというだろうか.ましてや,ハイレゾ音源では? 

入力情報は豊かなほどよい.ただし,それが安定供給される限りにおいて.

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