ノイズと歪み

Pure Audioとは言い得て妙だ.「汚れ無きオーディオ」である.「汚れ」とはなにか.ノイズと歪みに分類できる.ノイズはシステムの外すなわち他者から受ける害,歪みはシステム内部での相互干渉すなわち自家中毒である.いずれも,電磁場,空気,固体の振動による.Pure Audioはこれらのノイズと歪みを可能な限り排除することを目指す.無垢で,いまここではじめて生まれたかのような音が聴きたい.そこに感動が生まれるから.

技術進化によって,個別機器ごとのノイズ・歪み対策はほとんど完璧である.高級機器ではすでにノイズと歪みは計測不能になるまで抑え込まれ,そのためスペック値はあまり意味を持たなくなった.デジタルにおけるジッター歪みや折り返し歪みもその例である.しかし,構成機器とその環境で構成されるオーディオシステム全体を見るならば,多くの課題が残されている.

電磁場ノイズは,電波,電源電圧変動,照明やパソコンなどの電気器具などからもたらされる.私のパソコンはSSDでファンレスであるが,それでもリスニングルーム内で使用するとバイオリンの斉奏などで音が濁る.試しに,その電源ケーブルをコンセントにつないだままパソコンに接続しない状態で聴くと,それだけで音を濁すことが認められた.機器の接続ケーブル間におこる電磁場結合は電磁場振動の相互干渉であり,歪みとなることは以前述べた.それにしてもケーブルだけでなく機器一般について電磁場結合防止対策はどうなっているのだろうか.

空気振動によるノイズの対策は,通常,遮音である.わが自宅マンションは二重サッシとコンクリート壁に囲まれ,一般住宅として遮音効果は最高水準にあると思われるが,換気口があるため,無響室のような完全遮音にはなっていない.完全遮音は土台無理な話である.しかし,まったくの無音がはたしていいのかどうか.私の理想はむしろ逆で,出来ることならば,林の中の開放的な一軒家のように開かれた音環境を望む.鳥のさえずり,風のそよぎは,システムが奏でる音の背景となり,もはやノイズなどではない.屋内の空調や冷蔵庫などの人工音も,極端に大きいものでない限り,音源が特定しやすいものは,じつはあまり気にならない.オーディオの発音に集中すれば志向がそちらに向かわず,無意識のうちに存在を無視するからである.むしろ音を全般的に広く薄く汚す空気振動歪みのほうが害が大きい.

空気振動歪みとは,音の反射と吸収によるものである.リスリングルームに存在する壁,床,天井,家具,オーディオ機器,リスナーまで,すべて相互干渉しあってスピーカの発音を損なう.無響室は吸音を徹底することでこの相互干渉を排除するが,これも理想ではない.体験者にはわかるが,全くの無味乾燥な音になってしまうからである.乱反射のような自然な反響はむしろ好ましい.この意味でも,出来ることならば,無響室のような閉鎖空間より解放空間のほうが望ましい.

ステレオである限り,左右の反響の位相の整合性がきわめて重要である.数ミリ程度のスピーカの移動によって音はがらりと変わる.その違いは,アナログとディジタルのテレビ画面の違いにすら匹敵する.このアンバランスと濁りをもたらす反響の主たる要因は共鳴であろう.共鳴は整数比のあるところ,そして平行面で生じる.スピーカの配置に黄金比をとりいれ,またオーディオラックの棚板に吸収板をとりつける必要があるのはそのためであり,実際その効果は大きい.

固体振動による歪みとは,固体を伝わるマイクロフォニックによるものである.これはひたすら遮断ないし緩和しなければならない.各機器のフッタの工夫だけでなく,床を這うケーブルに伝わる床振動の遮断も忘れてはならない.

部分間の相互作用には振動の伝導だけでなく,振動の依存性がある.すなわち,それぞれの振動の基点の独立性が問われる.独立性とは,振動の基点を他者(と自分)の動きに影響されず不動にすることである.電源強化の目的のひとつは,オーディオ信号の変動に振られることなく,電気振動の基点を揺るぎのないものにするためである.スピーカは自らが引き起こす空気と電気の振動に振られることなく,振動板の基点をいかに明確にするかが問われる.振動の基点がふらつくようでは振動自体が曖昧なものになり,音信号をゆがめる.スピーカHB-1を入れたばかりの際,スピーカとスピーカ台の間に置くゲルにパラフィンを付けたまま設置するという失敗をしたことがある.すると,スピーカがわずかではあるがずれてしまい,頭上右側から奇妙なきしみ音が定位されて聞こえてきた.こんな極端なケースはともかく,振動基点がふらつくとき,音の実在感,力強さが失われる.固体振動の伝導も振動基点をふらつかせる要因のひとつになる.

システムのノイズ・歪み対策とは要するに機器とその環境の使いこなしである.オーディオシステムを構成する各機器の完成度は,さいわいなことにすでに非常に高い.にもかかわらず,それらの使いこなし如何で,得られる結果は雲泥の差を生じる.使いこなしとは,ここで述べたように,システム内外に生じる相互干渉にどう対処するか,ということに尽きる.この領域における我々の知見や技術はいまだに乏しく,その意味でオーディオに残された最後のフロンティア領域なのかもしれない.

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