AirPods ProとApple Music. 「所有」から「使用」への大転換?

 音が脳内で鳴る不自然感と両耳への圧迫感から、昔からイヤホンやヘッドホンが嫌いだったが、ついに好奇心が抑えられずにAirPods Proを購入した。最大の理由は、ほぼ毎日繰り返す小一時間の散歩がなんとも退屈で、それを紛らわす小道具になるかも知れない、というものだった。たしかに不思議な体験をもたらしてくれる。ノイズキャンセラーが結構上手く機能し、車道を走る車がまるでEVのようで、シャーという微かな音だけが聞こえる。エンヤの美声にまといつく薄衣のようなエコーも軽やかで自然だ。視覚でのみ与えられる周囲の現実世界から、音響の世界だけにいる自分が全く切り離されたようで、一種のVR世界に遊ぶ気分になる、耳への圧迫感や脳内発音は昔ほどには気にならず、それなりに広がりを持つ美しい音響空間を作り出してくれる。どうやら病み付きになりそうだ。

それにしても良くも悪くもアップル製品らしい。製品に説明書は付いてくるが、私には小さすぎて読む気がしない。BlueToothで繋がるらしいことは想像していたが、どうすればIDなどを交換して自分のiPhoneと接続できるのだろうか。なんの手がかりも見当たらない。そこで、当然ながらググることにした。字も大きく、丁寧な説明記事がいくつも出てきたので、助かった。単にiPhoneのそばにおくだけでiPhoneの画面にその図が現れるから、OKと承認するだけでいい。音量の調節やノイキャンのオンオフなど、昔からのアップル流で、分かれば簡単至極、しかも複数の方法が用意されている。耳から外せば、即、停止。ケースにもどせば、即、充電。こんなアップル流を飲み込めない人は、昔ながらの分厚いマニュアルで方法を探したいところだろう?

 このイヤホンの音源として、久しぶりにApple Music(「ミュージック」)を使うことになった。もう何年前になるか、iTunesが大幅に変更されて、アップルとしては、クラウドと個人のライブラリとをシームレスに統合するつもりだったのだろうけれど、それが上手くいかず、私の場合はほとんどめちゃくちゃになってしまった記憶がある。思い出すのも不愉快で、2千枚近いCDをリッピングしていれたライブラリの音楽ファイルが不意に使えなくなってしまったのだ。どうやらライブラリのデータ構造を記述するxmlが、iCloudとの中途半端な統合で、滅茶苦茶になったらしい。xml形式ファイルをいれかえてどうのこうの、という復元方法が当時のネットにいくつか提案されていたが、どれもだめで、結局、近所のPCデポにいって見てもらったところ、非常に幸いなことに腕のよい店員さんに修復していただいた。もしそれが出来なければ、ずっとCDから読み込んで蓄積したデータとファイルがまるで無になるところだった。


 OSの度重なるバージョンアップで、気がつけばいつの間にかiTunesがなくなっていて、「ミュージック」となっていた。もっぱらリッピングはXLD、ライブラリ管理はRoonを使ってきたから、iTunesもミュージックも関心さえ持たないで来た。しかし、「ミュージック」という名前は困ったものだ。アップルの悪い癖で、「メッセージ」とか「メール」とか一般名詞を固有名詞として使うのだ。英語ならば、the を付けるのだろうか。これは独善的な一種の僭称ではないか。それらを参照するとき、いちいち「アップルの」とか付けるのは面倒だし、それを付けなければ、ときに意味不明になる。他人に説明するとき、しばしばトラブルのもとになる。たとえば、「メッセージで送ってくれ」などといっても、背景とする文脈がなければ意味不明だ。

 それはともかく、「ミュージック」について。いつからかサブスクになっている。数千万曲がクラウドにあり、月1000円程度でどれでも聞き放題。ダウンロードも自由。では、大量のストレージを用意しておいて、一ヶ月で全部ダウンロードしてしまえば、それらはたった千円ですべて自分のものになる?そんなうまい話があるわけがない。サブスクを止めればそれらファイルの再生(読み出し)が出来ないように、きちんと鍵が掛かっている。つまり、使えなくなる。その鍵を外して普通のAACファイルにする、というソフトが売られているが、私も欲に目がくらみ?確かめてみた。しかし、インストールしようとすると、アップルの認証が出来ないというようなエラーメッセージが出て、使えなかった。

 ここまでは当然の処置として、もちろんサブスク期間中でいいから、Roonのライブラリとして見、かつ再生することは出来ないか。と考えた。鍵を外してもAACだから、高音質は期待できないが、「ミュージック」にしかないような珍しいアルバムがあれば、それを我が家の豪華システム?(μJPS)でも聞いてみたい。Roonでは指定したディレクトリの下の音楽ファイルは自動的に見つけてライブラリに組み込んでくれる。しかし、「ミュージック」からダウンロードしたm4pのファイルは、そのディレクトリの下にあるにも拘わらず、組み込んではくれなかった。残念、と思ったが、それはそうで、Roonが音楽ファイルと認識しない限り、出来ないことだ。いずれRoonがそうすることが出来るようになるのだろうか。

 サブスクで得たファイルには「使用権」はあっても「所有権」がない、従って本来の持ち主、つまりアップルの許可がない限り、好き勝手には使えない、という道理である。もしアップルがRoonでの使用を許可すれば、RoonはファイルをAACに変換して出力装置に送り出すことになる。出来ればそうなって欲しい。

 では、逆にRoonのライブラリにあるファイル(つまり私がこれまで延々と集め蓄えてきた全音楽財産)を「ミュージック」で見る、即ち、iPhoneなどでも再生することは出来るだろうか。CDをリッピングしたものや、ダウンロードで購入したファイルの「所有権」は、暗黙のうちにか、著作権が曖昧になっていたせいか、そのファイルの持ち主にある。「所有権」を持つものは当然「使用権」があってしかるべきだから、この理屈からして、「ミュージック」はRoonにある(つまり所有している)ファイルも使えなければおかしい。やってみた。マックの「ミュージック」アプリに「ファイル」→「ライブラリを書き出し」というメニューがあり、それである。マックの「ミュージック」フォルダ(ややこしい)の下の全音楽ファイルはすべてクラウドに上げてくれる、らしい。なんとトータルで1テラバイト近くある。しかしミュージックデータを丸ごと上げるとは思えない。これまたxml表記のファイルかなにかを上げるのだろう。それにしても相当な量になるはずで、この操作の後、数十分程度あとにiPhoneを見たら、たしかにRoonのライブラリにあるものが、多分全て、「ミュージック」のライブラリで、アートワークとメタデータ付で見られるようになった。散歩中に聴きたい曲があれば、あらかじめWiFiのある自宅で音楽データをダウンロードしておけばよい。これはほぼ一瞬で済む。しかし、WiFiなしでこれをやろうものなら、待ちきれないくらい時間が掛かる(それだけパケットもたんまりと)。

 そんなわけで、今日の散歩でもエンヤの美声を楽しむことが出来たという次第。しかし、数日前、Roonライブラリの「書き出し」で相当時間が掛かり、待ちきれず余計な操作をしたせいか、使用したパソコン(MacBook Pro)の「ミュージック」アプリがおかしくなり、スタートして数十秒もすると、脆くもダウンしてしまう。アプリがダウンするのは、うん十年前のマックにはしょっちゅうあり(初期のマックでは火の付いたダイナマイトが表示された!!)、懐かしい現象だが、近頃はさすがに珍しい。あれこれ工夫したが治らない。そうこうするうちに、OSのマイナーバージョンアップとなり、これで治るかと思いきやダメ。諦めずにさらにあれこれやっているうちに、なんとなく治ってしまった。やれやれ。

 またもや、それはともかく。「ミュージック」のクラウドと自前のライブラリとの「シームレス」な統合は、幸いなことに一応上手くいっていそうだ。これで、散歩中の選曲の自由度が大幅に拡大した。楽しみだ。

 いまや対価が支払われる対象が、ものの「所有」から「使用」へと急速に変化しつつあるように思われる。音楽、映画などの情報はもちろん、車や建物、その他なんでもそうなっていく傾向が強まりつつあるようだ。「所有」それ自体は、情報にしろ、ものにしろ、(所有欲というよく分からないがしかし確実に誰もが持つ欲望を満たす以外に)何の価値もないのだから、本来そうあるべきなのだ。つまり、殆どのものは、使ってなんぼ、のはずだ。コロナ渦でDX(ディジタル化)は確実に進むだろうが、「所有」から「使用」へという価値観のパラダイム的大変換はどうなるだろうか。


 

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