音の持つ身体性 ~ オーディオの新たな評価軸として

 Devialet のアンプ D-preimier AIR 2台を合わせて Expert 1000 Proにアップグレードして以来、ほぼ毎日楽しんできた。大枚を投じてのアップグレードの価値は果たしてあったのだろうか。あるとすればそれは何か、ずっと自問してきた。もっとも強く感じたのは、パワーが漲っている音の立ち上がりである。一瞬のタメの後、力が一気に駆け上り、解き放たれる、そういう音である。信号としての電圧が急激に上がっても、それを支える電流が即時、十分に供給されなければ、スピーカを加速的に駆動することが出来ない。そうなると、弾力性に欠けた平面的で薄味の音になってしまう。しかし、新しいExpert Proは以前にも増して音の粒の中身が詰まった、ソリッドな躍動感に溢れる音を繰り出してくれる。私にはいまもって理屈がよく理解できないのだが、Devialetアンプの最初からの最大の売りであるADH(AクラスとDクラスのハイブリッド増幅方式〕の本領がさらに発揮されることになったのだろうか。

 様々な種類のアルバムを聴きながらこのことに気がつき出してはいたが、はっきりと意識するようになったのは、BS放送での「クラシック音楽館」の番組でAngela Hewittが語った言葉である。バッハに代表されるバロックは実は舞曲が大半で、ダンスのためのリズムが音楽の喜びを生み出している、というのである。たしかにバッハのシャコンヌを聴くと、特にHewittの演奏は、リズム感が優れ、身体を動かしたくなる力を持つ。心と身体を鼓舞してくれるから、それが喜悦となる。このリズム感を高めるのはパワーに満ちた音の急峻な立ち上がりに他ならない。

 このことを意識して改めていろいろなアルバムを聞き直してみた。すると、ジャズやポップはもちろん、クラシックでも、リズム感の優劣が演奏の善し悪しを決める大きな要素になっていることに気がつく。Devialetの新アンプはその差を強調して、あからさまに示す。もともとリズム感に乏しい古い世代の私にさえ、気づかせてくれる。

 優れた演奏の優れた録音であれば、ジャンルやフォーマットに拘わらず、また制作年代にも関係なく、この内包された「生命力」を強く感じることが出来る。手持ちのライブラリーから敢えて一つだけその好例を挙げるならば、1959年のアナログテープ録音で2010年にリマスターされた、もはや古典ともいうべきこのCDである。


 これまで音の純粋性や空間表現性を求めてきたが、その観点からだけでは感情に働きかける音の力強さが視野に入らない。しかし、音の楽しみと喜びを与える要素として、ここで述べたような力強さ、強靱さが重要である。一音一音に心だけでなく身体をも衝き動かすような力が秘められているかどうか。これを音の『身体性』と呼ぶならば、オーディオの、というか、音全般の、評価軸のひとつとして新たに『身体性』を加えるべきではないか。このことに気がつかされたのが、今回のアップバージョンの最大の収穫かもしれない。

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