スピーカセッティング再考

これまでにも何度か書いたように,ステレオ音場は,左右スピーカの音が両耳に入射する図式に基づくのではなく,両者の音波の相互作用によって作られるホログラフィックな3次元音響空間として解釈するほうが適切である,というのが私の立場である.

この観点からすると,環境を囲む6面とそこに置かれたものからの反射音はいずれもホログラフィ像を乱し,歪ませるものであるから,できるだけ少なくするのがよい.しかし,無響室の音はひどいではないか,と言われる.私も無響室を体験したことがあり,たしかに音がすべて吸われてしまう感覚は異常だ.しかし,ステレオセットを持ち込んで音楽を再生してみるとどうなるのだろう.録音された反響音が再生されるから,案外このような異常感は生じないのではないか.それどころか,音場が純粋に再現され,じつは素晴らしい音が聴けるのかもしれない.

とはいえ,無響室のような本格的な吸音をするには莫大なコストがかかり,たとえ財力に恵まれたにしても生活空間として耐えられるものではない.そもそもなぜオーディオを聴くかといえば,快適さを求めてのことであるはずだから,居住空間として不快なようでは意味がない.たとえば,私の部屋のばあい,左側面はほぼ全面アルミサッシのガラスで,その反射を抑えるために厚いカーテンで覆うことが出来るが,昼間からカーテンを広げて薄暗い部屋でひとり音楽を聴くのはなんともうっとうしい.では居住性をひどく犠牲にすることなく,反射音を抑えるにはどうすればよいか.

まずはスピーカを音の反射物からできるだけ離すことである.中高音に対しては1m以上の距離で効果があるように思う.スピーカ周り半径1m以内に壁やもの(ステレオ機器を含む)を置くべきではない.一方,低音に対して警戒するべきは定在波である.定在波は,ふたつの反射面相互の間に置かれた発音体の位置が小さい整数の比になっていることにより生じるから,それを避ける.スピーカの設置位置で,たて,よこ,高さに対していずれも黄金分割をしているのはそのためである.

スピーカを内振りにして,側面と前後面からの反射の影響を減少させることが出来る.スピーカから耳への入射音を注目する立場で考えると,内振りの方向をリスナーに向けることによってスピーカの発射音をより正確に耳が受信するからこの方法がよい,ということになる.しかし,それはホログラフィックな音場生成に関係しない考察である.その観点から見て,内振りの効果は,周囲面からの反射をエネルギー的に最小にすることにより整ったホログラフィック音場の形成に役立つ,と考えるべきだろう.とすると,左右側面と背面の3面からの反射がエネルギー的にもっとも少なくなる内振り角度は45度ということになる.

わが部屋では,左右側壁の材質的アンバランスの故か,45度の設定だと音の左右バランスがうまく取れないこと,音場の幅と奥行きが窮屈というか,狭いこと,それに,内振りが過ぎて見た目が落ち着かないことなどから,どうも心地が悪い.そこで,30度に設定し直してみた.45度も30度も大きな三角定規をフローリング床の木目に当てて精密な設定が出来る.そのうえに,レーザ距離計で2辺の長さをさらに厳密に等しくする.こうして作られた正3角形の頂点よりやや後ろ(リスナー寄り)を標準のリスニングポイントとする.音場が一挙に豊かになり,左右バランスと奥行き感が特によくなった.例のXLOのテストCDで聴くと,逆位相の音がそれまで左に偏って聞こえたのに対し,全体に一様に広がりとらえどころがなくなった.また,Keith Johnson教授の声と拍子木のトラックでは,奥行き情報が正確に表現されることがよくわかる.

じつは,内振り角度の実験は,床に6畳サイズの段通を置いた後から行った.以前は,毛足の長い化繊のラグを敷いていた.それを純毛に絹の刺繍が入った部厚い段通に変えたところ,見事に音質が向上した.音色がまろやかになり,透明感が増した.床は反射平面としてもっとも広く,しかも必然的にスピーカとリスナーに近いから,その反射の影響はきわめて大きいことは確かで,もっと論じられてしかるべきだろう.

内振り角度を考え,試しているとき,輸入代理店のSさんから連絡が入り,Mountain LionではDevialet AIRアプリのアドホックネット設定が機能しないことを実地で調べてみたいという.来宅され,いろいろ試して分かったことは,なんとネットワーク名がデフォールトのものならば機能するのだ!.なぜそんなことが起こりえるのか,よくわからないが,ともかくそうすればアドホックネットが使えるので,いまはその設定で聴いている.すると,これが予期を超えていいのだ.今まで以上にニュアンスが緻密に表され,重低音さえよく聞こえるようになった.これも本当の理由は分からないが,一般論として情報供給がより安定したから,としかいえない(と書いて公開したが,ネットの名前もパスワードもデフォールトのままでしか使えないのでは,やはりセキュリティが問題で,今日10月4日,通常のWiFiルータモードに戻した.Devialet社はこの問題を含めAirアプリのMountain Lion対策を早く進めてほしい).

なお,情報供給の安定化について補遺:SSDでは書き込み総量が持ち前の容量を超えると途端に頻繁に(メモリではなくSSDの)ガーベジコレクションが起こり,書き込み速度が急激に落ちる.プレイ中の書き込みはごくわずかだがiTunesで行われるため,SSD容量が少なくファイルの削除と書き込みを繰り返したLion版のMacBook Air(前回,パソコンAとよんだもの)の音質が劣ったのは,このガーベジコレクション動作によるのかもしれない.ミュージックファイルのプレイは基本的にリードオンリーなのでその影響は少ないはずだが,ファイルの削除,追加を繰り返すとこのフラッシュメモリの宿命的難点が音質劣化に繋がることを考えなければならない.また,長時間演奏で生じるフリーメモリの減少も音質を劣化させる要因となることは以前書いたとおりで,とくに,ハイレゾではメモリを大量に使うためか,その影響が大きい.いま,アンドレ・クリュイタンスによるラベルの交響曲をハイレゾ版で聴いているが,パソコンの再起動前後の音の差は大きい.フリーメモリが数メガくらいになると,音が痩せ,ひからびて平板になるのだ.再起動してメモリをクリアすると,みごとに生き返り,生演奏の持つきめと輝き(the bloom of life)が戻ってくる.

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