情報の安定供給

Lossless codingであるFLACやALACは,復号化によって完全にもとのデータに戻るはずである.しかし,ダウンロードしたハイレゾのwav(非圧縮)ファイルとそれをXLDアプリでALACに変換圧縮したファイルを拙システム Mm で比較試聴したところ,ごくわずかだが,音が変わるように思えた.音の切れや透明感が,なんとなく落ちるように感じられるのだ.

そこで,losslessというけれど文字通りlosslessでもとのデータに復元することが出来るのか,疑ってみた.ネットその他で調べた中では,"Principles of Digital Audio"(第5版,K.C.Pohlmann著, 2005)の説明が一番詳しく,信頼が置けそうだ.それによれば,losslessコーディングはMP3やAACなど感知式(perceptual)の非可逆圧縮方式と異なり,アルゴリズム上では確かに復号によりオリジナルデータに戻ることが保証される.ただし,復号演算のためにCPU時間とメモリがリアルタイムで費やされる.これがどうも問題になりそうだ.

これまで2台のMacBookAirを使って,比較試聴してきた.1台(A)は2008年初期,つまり初代のMacBook Airで,プロセッサは1.8GHzのIntel Core 2 Duo, 2GBのメモリと60GBのSSDを持ち,OSはLionにしている.もう一台(B)は翌年のもので,2.13GHzのIntel Core 2 Duo, 2GBのメモリと120GBのSSDを持ち,OSはSnow Leopardにしている.以前書いたように,両者を比較試聴すると,AはBより明らかに音が落ちる.ずっとOSのせいかと思っていたが,どうやらそうではなさそうだ.実際,LionとSnow Leopardの違いはオーディオに関してはCore Audioにあるのだが,Devialet AIRはiTunesからCore Audioに渡されるデータを横取りし,復号などの処理を行ってアンプに送るWiFiデータを作り出すから,Core Audioがどう変わろうと関係ないのである(Devialet社とのメールのやり取りから推定した).

MacBook Airの AとB 両者のSSDストレージにハイレゾなどのミュージックファイルをどんどん増やしていったところ,Aでは次第にディジタル的なノイズが出やすくなった.アナログ的な「何となくおかしい」というだけではなく,はっきりとバリバリという音が出たり,音切れが生じやすくなったりする.音切れはともかく,バリバリ雑音が生じるのは,パソコン側の処理の乱れがD-Premier Air(アンプ)のDAC以降の処理過程に影響を及ぼしている可能性を示しているように思われる.

D-Premier AirのDACの入り口にはメモリバッファがあって,そこからの読み出しは自身のマスタークロックを使うから,それ以前のジッタ(時間軸上のゆれ)はここですべてご破算にされる.さらにパソコンとは無線(WiFi)によってのみつながれているから,有線に伴うグラウンドノイズや電磁ノイズなどのアナログ的影響も遮断される.何らかの事情で入力データの乱れがひどい場合にはエラーチェックにかかって補正されるか,補正できなければ再送要求される.再送要求が繰り返され,さらにひどい事態になったときには,データの供給がリアルタイムのプレイの需要に追いつかなくなり,ついにはメモリバッファが尽き,音切れとなってディジタル的破綻に至る.ということは「何となく音がわるい」というようなアナログ的な劣化を招く影響は完全に遮断されるはずである.しかし,正しい信号が順調に供給されず,とはいえディジタル的破綻にまで至らないとき,アンプのCPUとその周辺の回路はエラーチェックや再送要求などのために忙しく稼働し, その活動が自身の電源ラインその他の回路への干渉を引き起こし,DAC以降での処理を(アナログ的に)歪ませることは考えられる.そのひどいケースがバリバリ音となるのかもしれない.

いずれにせよ,正しい情報がパソコン側から円滑に供給されないとき,アンプがその影響を受け,音が乱れることは確かだ.それにWiFi上の混信などの問題もある.パソコンの演算処理とWiFiの処理とをあわせ,アンプへの情報の安定供給はきわめて重要である.

この観点からみると,パソコンの計算資源が十分かどうかが問われる.PCオーディオの本や雑誌の記事などに,それはあまり重要でない,とするどころか,むしろ計算速度は低く,メモリは少ないくらいの方が物理的に安定していていいようなことが書かれたりしているが,それは間違いだろう.

まず,メインメモリが少ないと,ページのスワッピングが頻繁に生じる.さらにそれが嵩じるとスワップ使用領域が広がってストレージを食っていき,余裕がなければストレージの奪い合いが起こる.つまり,CPUと入力装置周りが猛烈に忙しくなり,データそのものをリアルタイムに沿って円滑に送り出せなくなるのだ.計算資源の貧弱なパソコン A がアナログ的劣化を起こしやすく,また,しばらく使っているうちにバリバリ雑音や音切れに見舞われたのはそのせいだろう.圧縮ファイルをプレイする場合には復号のためにさらにCPU時間とメモリが費やされる.これがwavとALACのプレイの差になり,最終的な音に微妙に影響するのかもしれない.

さて,では情報の安定供給を図るにはどうすればよいのか.

まず,アンプへの入力データ経路であるWiFiについて.inSSIDerなどのWiFi受信状態を描画するアプリでみると,マンション住まいなので,私の環境では大変込み合っていることがわかる.5GHzバンドはがら空きで,これが使えればよいのだが,残念ながらD-Premier Airが使えるのは2.4GHzだけである.それでも,同室にAirMac Expressをセットし,隣室のTime Capsule ルータのWiFiネットを補強しているので,RSSIはほぼ-40前後で安定している.ただし,夕刻の6時頃になるとなぜか障害が生じ,音切れがおこる.近所で使っているWiFiがこの頃に込みすぎてしまうからか,あるいは,電子レンジなど家電製品の電波のせいか,わからない.我が家の電子レンジを使用してもその影響はない.

次に,パソコンの計算資源について.アクティビティモニタでみると,パソコンAの貧弱な性能では,空きメモリが100MBを切ったり,あるいはCPUの待機状態が70%を切ったりすることがあり,そうなると音が不安定になってディジタル的な顕著な劣化が生じる.SSDの上のミュージックファイルを削除してそれの余裕度を増すと,スワップ使用領域がとりやすくなるせいか,ディジタル的劣化が緩和されるが,それも程度問題で,しばらく使っているとやはりスワッピングの問題が生じる.その場合,再起動して,空きメモリとスワップ使用領域をクリアすれば,しばらくは安定したプレイが継続する.

これだけはっきりと情報の安定供給の重要さがわかった以上,そのための何らかの手を打たない訳にいかない.ということで,新規にフル装備のMacBook Proを購入した.もちろんストレージをSSDとするRetinaディスプレイ版.OSはMountain Lion.プロセッサは2.4GHz, Intel Core i7の4コア,メモリは16GB,それに768GBのSSDを持つ.現時点の市販パソコンでこれほどのSSDストレージを持つものはほかにないのではないだろうか.実は1TB以上のものが望ましいが,自作ならともかく,そういうのはまだ売られていないようだ.

この機種は多分ビデオの編集など,視覚情報データのヘビーな処理を想定して作られていると思われるが,私の場合は,視覚ならぬ聴覚情報データ処理の観点から購入したことになる.

これを聞き続けてすでに1週間になる.最初に出会った問題は,Mountain Lionのもとでは,Devialet AIRのストリーミングアプリがアドホックネットの設定では機能せず,アンプを認識,接続することができない.あの手,この手を尽くしてみたが,うまくいかなかった.そこで,通常のWiFiネット(infrastructure typeというらしい)のもとで動かしてみると,正常に認識,接続した.この問題が解決した後は,きわめて順調で,たっぷりとした計算資源のおかげであろう,音は切れ味と力強さを増し,透明感,実在感が一段と高まった.つまり,更に一層の楼を上った,といっていい進化が得られたのである.瞬間的な音切れと再送がごくまれに生じるが,バリバリ雑音はもはや全く聞かれない.

計算資源に大幅なゆとりができたため,iTunesとAIRアプリを動かしている同じパソコンでこのブログを書いていて,何の問題も生じない.以前は書き込みデータがサーバに送られ保存されるたびにノイズを発生したが,いまは全くない.さらに,iTunesのビジュアライザを動かしてもほとんど影響されない.レティナディスプレイとグラフィックエンジンがこんなところで効果を発揮することになろうとは.また,これまで使っていたMacBook Airは,すぐ熱くなり,それをさますためのファンの音が大きく,かつCPUが暴走しやすいという(オーディオにとって)拭いがたい欠点があったが,新型MacBook PROはほとんど熱くもならないし,稼働音も耳を近づけてさえ聞こえない.SSDと新OSのおかげか,再起動などほとんど瞬時だ.これで,も少し軽くなってくれれば最高だ.

メモリなどの計算資源を大幅に増やすことは一見 "less is more" の指針に反するようだが,復号やメモリスワッピングなど複雑な過程をゆとりを持ってこなすことによって処理過程をより単純化するのだから,やはりless is more,simple is best の指針に合致するといえよう.

オーディオでは,エネルギーの安定供給,つまり,スピーカ駆動という需要の急激な変動に対して十分ゆとりを持って対処できる電源と電源ケーブルの重要性は古くから指摘され,様々な工夫が積み重ねられてきた.しかし,ファイルオーディオの時代に入って,情報の安定供給,つまり,アンプとスピーカによるデータのリアルタイムのレンダリングという需要に,十分な余裕を持って対処できるデータ供給体制の重要性が浮かび上がってきた.ここしばらくの経験から確信を持っていえるが,その改善による効果は絶大である.

コメント

  1. http://blogs.yahoo.co.jp/cryptocyte2/9737204.html
    インターナショナルオーディオショウに行っていろいろ質問してきました。(^^

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