押してだめなら引いてみる

スピーカのセッティングは相変わらずむずかしい.それに凝ると泥沼にはまるが,それがまた楽しみの一つともなる.

基本的な配置は先に述べたように黄金比率に基づくのがよい.この比率にこだわらない配置も意図的に試してみたが,より濁りのない音をもとめて調整しているうちに結局ここに戻ってしまう.ただし,スピーカの内振り(toe in)角度は,先述とは異なり,60度が良さそうだ.つまり,左右スピーカの中心とその向きの交点とで正三角形を形成する.リスナーはその後ろに位置する.

モノーラル録音のCDをかけ,左右スピーカを結ぶ軸線との平行線上でリスニングポイントを移動しながら聴いてみる.すると,音の強さの凹凸が波状になっていることがある.左右スピーカの音によって作られる音のモアレ縞である.スピーカの立横位置と内振り角度をほんのわずか変えるだけで,この縞の音像がぼやけたりはっきりしたり,微妙に変化する.スピーカをわずかに動かしながら,最適位置を探索する.こうして,左右の音バランスが絶妙に取れる状態に近づくと,縞は消え,中央の音像一つがくっきりとしてくる.しかし,探索評価値の山は急峻である.そのため,もっと良い音を求めて位置をわずかでも変えると,最適評価値の頂点からすぐさま転落してしまう.しかも後戻りは難しい.

モノーラル録音の音像は山の形をしている.その頂上が左右のどちらかに偏っていれば,まずは,それを修正しなければならない.次に,形が左右対称になって欲しい.左が崖になっていたり,右が台地になって広がったり,周波数帯域によって発音位置が異なったり,とさまざまな問題がわかる.それに対し,どういう場合にどうすればよいのか,いまもってよく分からず,試行錯誤に頼るほかない.それも1mm単位,あるいは1度単位での調整になる.また,部屋の家具や置物などの位置も影響する.調整は非線形に効くため,最適位置を求める探索は生やさしいものではない.

「押してだめなら引いてみる」まだこれくらいしか経験則を持たない.しかし,調整を重ねて最適解に近い状態に至ったとき,澄み切った音が虚無の空間から湧き上がり,血が通い,躍動する.生演奏でも得難い,至福の時空間である.

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